No.91(2008年12月号から)

暴言と迷走の麻生政権のゆくえ

戦略なき政権の愚劣


   安倍・福田とぼっちゃん政治家が首相ポストを投げ出し、その後解散・総選挙に向けて登場した麻生は「私は逃げない」と言いながら解散戦略も打ち出せないまま迷走を続けている。

 世界的な金融危機を口実に麻生首相は「政局より政策」と言って解散を先送りして、日本経済は「全治3年」二次補正は「スピードが重要」と語ったが、その二次補正も先送りされた。

 バラマキ批判の出ている定額給付金にいたっては「全所帯について実施」が「豊かなところに出す必要はない」と変わり最後は地方自治体に“丸投げ”となった。これらは解散を先送りした結果、すべてを先送りしなければならなくなった結果なのである。

 まるで逃げと先送りばかりの麻生首相である。そのあげくが暴言だった。「医者は社会的常識がかなり欠落した人が多い」「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」  この暴言を聞いていると社会的常識がかなり欠落した首相だと思えてくる。自民党内からは「“沈黙は金”ということもあるのでメッキがはがれないよう頑張ってもらいたい」(山崎)「表現に十分配慮がないと誤解を招く」(津島)「言葉が荒れている」(伊吹)「完全に国民感覚とずれている」(中山)といった具合に首相批判が続出し政権に対する支持率は急落した。

 麻生首相のコロコロ変わる発言が示しているのは、政権内の不統一の結果である。解散・総選挙のための首相であったのに、解散戦略が見えないのも原因だろう。

 小泉のように郵政民営化で解散を挑むような解散戦略も無く、ただ先送りだけで、1日も長く首相ポストにいることだけを目的にしていては、経済危機への対策を求める国民の支持が得られるわけがないのである。

 麻生の特徴は、首相としての重みがなく、発言の1つ1つが軽く、二転三転することだ。これは政権が現状維持の既得利益集団に支えられているため、麻生政権が何をするのか明確でなく、支持率の上がるのを待つだけの愚劣さの反映と言うべきだ。

 首相ポストを選挙の洗礼も受けずに投げ出すことばかりやっていると、天下の自民党であっても解散戦略すら考え付かなくなるのだろうか?  オバマは米大統領選で金融危機を追い風にして“チェンジ”を合言葉にして勝った。麻生は政権を握っている方なので“チェンジ”は言えないが景気対策に一生懸命対応すれば支持率は上がる可能性があった。二次補正をなぜ先送りしたのか、解散を先送りしたから、人気取りの政策も先送りと考えたのである。なまじ衆院で3分の2の勢力を握っているだけに、解散を挑む冒険もできない消極性が自滅を招きかねない局面になっている。

 選挙で掲げた政策を、国民の支持を受けてから政権として実行するのが民主主義である。丸投げと先送りでは統治能力ゼロと言うほかなく、解散を先延ばしにすることで支持率が上がるのを待つのでは、まさしく政治空白である。

 麻生首相にも、産業構造を変えるような景気対策が今必要なのは分かっているはずだ。しかし党内には道路族などの族議員によって予算の配分先を変更することは不可能なのである。つまり既得利益集団である自公政権には、環境投資をテコとする政策は取れないのである。いわゆる道路財源の一般財源化ができず、いつまでたっても公共事業一本の“土木資本主義”なのである。これでは日本経済の長期低迷は避けられない。

 つまり日本における政策転換は政権交代を待つしかないのである。

 金融危機で世界中に大量解雇が始まり、雇用を創出するための政策を各国が取り始めている時に、日本では景気対策は先送りでは話にならないのである。これこそ政治空白と言うべきだ。

 ところが麻生の解散先送りの口実は「政治空白は作れない」と言うのである。先送りの政治とは、何もしない政治空白のことなのだということも“まんが人間”には理解できないことなのだろうか?  選挙の洗礼も受けないまま首相ポストが一年ごとに“たらい回し”されるため、日本は国際外交の舞台で相手にされない存在となっている。

 失業と倒産で国民生活が危機に直面している時に、政治の無策とは情けない話である。

 麻生政権の“野垂れ死に”の可能性が強まったと言うべきである。