No.90(2008年11月号から)

オバマは米国をソフトランディング出来るか?

−米覇権なき後の世界秩序の青写真−

投稿 文筆家 佐藤 鴻全


21cジャーナル編集部に佐藤 鴻全氏より投稿がありましたのでご紹介します。
佐藤氏のホームページ

◆イラン攻撃か、覇権退位か◆

 衰退の兆し著しい米国の選択肢は、単純化すれば以下の2つしかない。

(1)一か八かで、単独または有志同盟によりイラン攻撃を行い、中東の石油を完全支配し、石油ドル決済体制、米ドル基軸通貨体制による覇権維持を図ること。

(2)イラン攻撃を行わないで、石油ドル決済体制、米ドル基軸通貨体制維持を諦め、緩やかに覇権国家から栄光ある退位を図ること。

 予断は禁物だが、11月4日の投票日まで10日を切ったこれを書いている時点で、自国発の世界的金融経済危機を受けて、民主党オバマが支持率で共和党マケインを大きく上回っており、このまま逃げ切るように思われる。

 もし、マケインが逆転して来年1月に第44代大統領に就任することが決まった場合、成否を度外視してイラン攻撃を選択する可能性が残る。

 マケイン自身はベトナム戦争の英雄でありながら共和党穏健派に属するが、これまで党指名を勝ち取るために、軍産複合体や石油産業、イスラエルロビー、キリスト教原理主義者達等に様々な手形を切っており、その中にイラン攻撃オプションが含まれていても不思議ではない。

イラン核開発の脅威を理由に、米国自らによる空爆やミサイル攻撃かイスラエルによるそれを支援し原子力施設を破壊する。ペルシャ湾に艦隊を入れホルムズ海峡を閉鎖し石油積み出しをコントロールする。  これらにより、イランに加え独自共通通貨導入により石油ドル決済体制からの離脱を画策する湾岸諸国を実質上の支配下に入れ覇権維持の実現を図る。

◆オバマの場合◆

 これに対して、オバマが大統領になった場合、選挙戦を通して対話路線外交を公約してきておりイラン攻撃の可能性は殆どないだろう。

 イラン攻撃をしないならば、早晩石油ドル決済体制は崩れ、米ドルは基軸通貨でなくなる。 米国債で財政赤字をファイナンスすることが困難になり、米国民は生活水準を落とし、軍事支出を削るため世界各地に展開していた基地や艦隊を撤退縮小し、米国は第二次世界大戦以降の覇権から退位することとなる。

 これを世界的金融経済危機のさ中で、どうソフトランディングさせるかがオバマの肩に伸し掛かる。

 金融機関への資本注入は、実質的に新大統領候補の仕事になる。 メディケア、メディケイドの改編による公的保険に近い国民皆健康保険制度の導入等でナショナル・ミニマムのセーフティーネットを張り、中間層以下の減税や日本の小渕政権的な公共工事の大盤振る舞い、中国・インド等への雇用の流出防止策で景気・雇用を下支え、新エネルギー分野への財政支出等により産業構造のシフトを図る。

 これらをドル基軸通貨制度終焉へ向かう中でのドル安を逆手にとって、製造業の米本土回帰等を追い風に行うことになる。 しかし、中国・インド等への雇用の流出防止では、輸出国の劣悪な労働条件を人権問題に絡め責めるだろうが、相手のあることでどこまで奏効するか不明だ。

 また、セーフティーネットを張るとはいえ、国民の生活水準は落ちざるを得ず、恨みを買うだろう。 ゴルバチョフは大きな流血なく冷戦を終わらせたが、その後生活の窮乏を強いられたロシア国民からいまだに恨みを買っている。

◆米ドル後の通貨体制◆

 早くも、大統領選後の11月15日にワシントンで開かれる「金融サミット」に次期大統領の参加が見込まれている。 そこでは、新ブレトン・ウッズとも言われる米ドル基軸通貨に代わる通貨体制が話し合われる可能性が高い。 問題はその通貨体制をどうデザインして、どのタイミングで、どういうプロセスで移行するかだ。

 米ドル、ユーロ、円、人民元等を一定比率で加えた概念上のバスケット通貨単位を幅を持った固定相場で設定し貿易決済の指標とする。IMF(国際通貨基金)を改組強化して各国から準備金として出資させレートの維持・変更の実務機能を持たせる。 しかし、この過程で基軸通貨でなくなったドルが暴落し、世界経済がクラッシュする可能性がある。

◆米覇権なき後の安全保障体制◆

 また、米軍が縮小し世界各地から撤退するなら、それに代わる新しい軍事バランスと安全保障体制が必要となる。昨年5月に米太平洋軍のキーティング司令官は、会談した中国海軍幹部からハワイを起点とした米中による太平洋の「東西分割管理構想」を提案され拒絶したとされている。

 米軍の力が衰えるならば、太平洋に限らず、東西ヨーロッパで、中東で、中央・西アジアで、地域安全保障体制の創設・強化、日本のような米軍依存国にとってはミサイル防衛を含む自主防衛体制の確立が必要となる。

 地球レベルでは、国連常設部隊の創設、米国の核の傘に代わり得る核削減廃絶への具体的道筋、核管理体制、もしくは新しい核の傘が必要となる。さもなくば、太平洋においては或いは米中による「東西分割管理構想」が現実のものになり、各地では紛争が絶えないだろう。

◆パンドラの箱◆

 通貨体制にしても、安全保障にしても米覇権なき後に単純な多極化が現れるならば、世界は第一次・第二次世界大戦前夜のように極端に不安定なものになる。

 冷戦が終わり、その後の短い米国一人勝ちの時代が過ぎ、パンドラの箱が開いたまま残された。 世界の国家、民族、市民は、自身の安全と繁栄と優越性を求めて、またこの世界的金融経済危機の中での生き残りを掛けて互いに競い合う。今までの世界構造が機能しなくなるのは避けられない。

 歴史を紐解くと、時代の変わり目、覇権の移行期には必ず大きな戦争や災難が襲ってきた。時代に適った新しい構造の構築、お互いに折り合う最適解に向けて、大きな争いなく合意を形成できるなら人類にとって幸いである。

 もしオバマが次期米大統領に選ばれたら、米国のソフトランディングと共に世界構造のソフトランディングの中心人物の一人と成らざるを得ない。だが、大統領選の巧みな弁舌で見せた合理的思考パターンと説得力が、米国と人類の未来を左右する現実の大舞台で通用するかは今のところ未知数だ。

(2008年10月28日投稿)