No.88(2008年9月号から)

「新冷戦」で覇権の延命狙う米戦略

コソボの借りをグルジアで返したプーチン


   今回のグルジア紛争には、アメリカ大統領選の影が見える。アメリカ政府がグルジア軍をそそのかし、停戦協定を破って、南オセチア自治州に進攻させた。その時は北京オリンピックの開会式の日であり、ロシア首脳として北京に滞在していたプーチン首相は急遽帰国し、ロシア軍を参戦させた。

 アメリカはグルジアを犠牲にしてロシアの侵略を騒ぎ立てた。その結果は、ロシアに対する強硬論を主張したマケインの支持率が急上昇し、大統領選で優位に立った。

 アメリカはロシアを挑発し、ロシア軍をグルジア紛争に引き出したことで、難航していたミサイル防衛(MD)のポーランド配備がロシアの脅威を強調して、ポーランドにまんまと調印させることに成功した。

 アメリカはロシア包囲の“新冷戦”を生み出し、EUとロシアの関係の緊密化を阻止し、アメリカの覇権の延命を目論んでいる。

 これに対し、ドイツ政府は、今回の紛争は、グルジア軍が停戦協定を破って南オセチア自治州に進攻したのが原因とする声明を出した。またフランスのクシュネル外相は、マスコミが言う「新冷戦」論を否定し「ロシアに最後通告すべきではない」と語った。

 グルジアのサーカシビリ大統領がプーチン首相のロシア不在と北京オリンピック開催中には、進攻しても反撃できないと、アメリカに唆(そそのか)されたと見るべきだ。

 欧州連合(EU)は、9月1日の首脳会議で、ロシアへの経済制裁見送りを決めた。EUはグルジア紛争がEUとロシアの接近にクサビを打ち込むのがアメリカの狙いであることを見抜いているのである。

 ロシアが南オセチア自治州内に短距離弾道ミサイルを配備し、またシリアに最新兵器の売却を示唆したのは、グルジアに武器を売却しているイスラエルと、ミサイル防衛のアメリカの基地を配備するポーランドを見据えたものである。

 アメリカと欧州すなわち、NATOはセルビアのコソボの独立を支援した。セルビアと同じスラブ人のロシアは、コソボ独立が多民族国家ロシアの解体を睨(にら)んだものであることを承知しており、密かに反撃の機会を狙っていたのである。したがってロシアにとってグルジアの挑発はコソボの借りを返すチャンスだったのである。

 戦略的に見るなら、アメリカの“反ロ新冷戦”に対し、ロシアはアメリカの一極支配を多極世界に変えようとしており、欧州にエネルギーを供給し、欧州から工業製品を輸入して相互依存の関係を強化してNATOの解体を狙っている。

 アメリカは旧ソ連諸国の内、東欧と中央アジアの国々をNATOに取り込み、自己の覇権の再構築を狙っている。

 ロシアにとって危険なのは、少数民族の民族自決権を認め、アブハジア自治共和国の独立を承認することは諸刃(もろは)の剣であり、自国内の少数民族の独立問題に波及する可能性があることだ。それがグルジア軍に先に攻撃させたブッシュの戦略的狙いでもある。

 少数民族の独立につながるがゆえに上海協力機構加盟の中国がチベットやウイグルの独立への波及を恐れて、この問題でロシア支持をためらったことが示しているように、コソボとアブハジアの問題は国境線の変更を世界各地に波及させ、争乱を拡大することになりかねない性質のものである。

 無視してはならないのは、グルジア紛争をきっかけにロシアでナショナリズム(国家主義)が高まっていることである。コソボの独立で傷ついたスラブ系の人達は、今回のロシア軍のグルジア介入で溜飲を下げ、政権の強硬姿勢を支持している。しかし他方ではロシアのナショナリズムの高まりが、EU諸国を不安に駆り立て、ロシア包囲網形成に持っていくことがアメリカの狙いであることを、ロシア指導部は認識しておくべきである。

 経済戦略的側面からアメリカの動機を見ると、EUとロシアが経済関係を強化すると、北米自由貿易圏よりも巨大な経済圏になることを警戒して、“対ロ新冷戦”を形成しようとしてグルジアを唆したと見るべきである。もちろんカスピ海沿岸の石油をロシア領を通らずに運ぶグルジア経由のパイプラインの戦略的価値があってのグルジアの“抱き込み”なのである。

 アメリカは世界の中で相対的に国力を衰退させており、その原因はアメリカ自身が進めたグローバリズムとイラク戦争にあり、その結果覇権を回復しようとして空母倍増計画やイラクの長期占領、さらには対ロ新冷戦が必要となってきているのである。

 つまりグルジア紛争はアメリカの弱さの表れであることを見ておかなければならない。

 アメリカを頼りとする旧東欧諸国にはNATO加盟とロシア制裁を希望する傾向が強く、逆にフランス・ドイツなどEUの主要国は、ロシア制裁に反対し、話し合いを主張している。アメリカは、古い欧州(フランス・ドイツ)と新しい欧州(東欧)の矛盾を激化させて、欧州の分断を策していることを指摘しなければならない。

 このことはアメリカの主要な戦略的ライバルが、ユーロを持つEUになってきていることを示している。