No.88(2008年9月号から)

自民の支持率回復狙いの茶番劇

総裁選演出のための福田辞任


 福田首相が9月1日夜唐突に政権を投げ出した。1ヵ月前に内閣を改造し、国会招集日まで決め、大型補正予算案を臨時国会で成立させる方向が示されていた中での突然の辞任会見だった。元々福田首相は政治ビジョンを示さず、何をやりたいのかサッパリ分からない首相だった。

 「ねじれ国会」で国会運営が思うように進まない、しかも内閣支持率は下がりっぱなしだ。与党内から「福田首相の財政再建路線では選挙は闘えない」との声が出て、政権運営の困難が明らかになる中で嫌気がさして投げ出した、としか思えない。

 辞任表明の記者会見で福田首相は国民に対する謝罪を一言も表明しなかった。自分は安倍首相とは違い国会開会前だから政治空白は作らない、とも言った。

 臨時国会前に農水相の政治資金問題が表面化して、しかも補正予算案に自分の持論である財政再建路線と反する“バラマキ”が出てきて、しかも昨年苦労した補給支援特措法の延長問題に公明党が難色を示している。福田首相はこうした困難を前にして逃げたのである。

 支持率が低いからと、福田に辞任をうながす方も無責任だが、さっさと投げ出す方も無責任だ。一年も経たないのに2回も首相が政権を投げ出す現状を、国民はどう理解すべきなのだろうか?  そもそも議会とは、各階級の利益代表である政党が、政策の実現を討論で争い、各階級の利害を調整し、妥協によって立法化していく機能を持っている。ましてや「ねじれ国会」では、政治的論戦と交渉、譲歩が重要となる。

 どの課題を重視し、どの課題では野党に譲る、という政治判断と調整力が必要となる。ところが戦後60年の自民党一党支配は、二世・三世議員の時代となって、自分の思いどおりにならないと政権を投げ出す無責任政治家を多く生み出している。二世・三世議員を首相にしていては、日本は困難を克服することは難しいと言わなければならない。

 アメリカ・EU・中国・日本が同時不況に突入し、原油高、原材料高で、外需に頼る日本経済が困難の真っ只中にある時、経済対策を立てないまま首相が逃亡する、それも2年続きである。

 この自民党という無責任政党の総裁選とは、まさに“政権投げ出し人”の選出のことである。総裁選をハデにやれば国民の支持率が回復するとでも考えているなら、それはあまりにも国民をバカにした考えと言わなければならない。

 自民総裁選で誰が勝とうが、その内閣は選挙管理内閣にすぎないのであり、日本国民は決してそれ以上の期待を持つべきではない。60年以上も“利権あさり”の政治をやってきた結果自民党は無責任政治家の集団にすぎなくなっている。

 政権担当者が日本の将来について何のビジョンも示さないまま困難を前に逃亡する。これが政治家と言えるであろうか?外交は対米追随一辺倒、内政は利権あさり、これでは世界同時不況の困難に政治が対応できるはずがない。

 「構造改革」路線とは、大ブルジョア独裁とも言うべき弱者踏みつけの政治であり、その結果が格差社会なのである。腐敗しているのは、財界も官僚も政治家も同じである。政・財・官の既得利益集団から政権を奪い取ることが真の改革につながるのである。

 国民は自民党総裁選の茶番にごまかされてはいけない。不要な道路ばかり作り続けることを止め、10年で59兆円の道路財源の半分を環境と福祉に注入して、新しい産業を育成し、雇用を生み、高齢化社会に対応することが求められている。

 共産党には統一戦線の視点がなく、当選する可能性も無いのに立候補することで、結果的に野党の票は割れ、自公の候補が当選する。この仕組みを、人々は「自民の安全装置」と呼んできたのである。この仕組みも、すでに多くの国民が見破っており、次期衆院選での政権交代は避けられない局面を迎えている。

 格差社会、年金管理の無責任、医療の崩壊、等々は自公政権が生み出したものである。しかも不況の中での無責任な福田の政権投げ出しである。自民党が総裁選でバカ騒ぎすればするほど、日本国民はシラケる結果になっている。

 小泉以降の“政治の漂流”を作り出したのは「改革」の名で弱者を踏みつけにする自公の悪政であり、その結果金持ちはますます豊かになり、貧乏人はますます貧困化している。

 悪政の転換は、衆院解散・総選挙を通じての政権交代でしか成し遂げられない、全野党は民主党を中心に団結して、危機突破の全野党連立政権を樹立して国民の期待に応えることが求められている。