No.87(2008年8月号から)

中国で続く暴動の意味するもの?!

問われる“文革”の戦略的意義


  中国各地で暴動が続いている。多くの死者を出したチベット騒乱だけではない、中国各地で年間3万件以上の暴動が発生している。

 中国政府は報道を規制しているので詳しい状況は分からないが、地方の党委員会や公安局が、幹部の腐敗に反対する住民に攻撃されている。

 ケ小平以来の「社会主義」の名で進める市場経済化の矛盾が、今中国各地で噴出しているのである。

 毛沢東時代の中国は、全人民所有制(国営企業など)と集団所有制(人民公社など)の社会であった。

 しかし毛沢東の死後“4人組逮捕”によるクーデターで中国の権力を握った党官僚の“走資派指導部”は、国家財産の横領という形で私的所有制に切り換えている。

 このため大衆の党幹部に対する“腐敗追及”を受けることになっているのである。したがってこの政権の本質は反人民であり、天安門事件やチベット騒乱のように人民大衆にすぐ発砲するファシスト的体質を特徴としている。

 筆者はかつて中国の文革収束期(75年)に訪中し、対外連絡部の幹部と会談する機会があった。その時中国側から、中国では最終的に走資派(修正主義)が勝利する可能性があることを聞かされた。(事実は毛沢東の死後中国は党官僚の支配する反動国家に変質した)

 訪中当時は文革が終わり、紅衛兵の“下放”(地方へ行くこと)が進められていた。当時訪中団の(日本側の)関心は“紅衛兵”の下放の持つ戦略的意義にあった。中国側は「地方には知識人が不足している」とのことで、この論議を回避したことが印象に残っている。

 中国における毛沢東の戦略は、“農村から都市を包囲する”ことである。毛沢東は自分の死後、中国がソ連のように一党支配の覇権国家となることを読み、「文革」によって“造反有理”(反乱には道理がある)の大衆運動で、一党支配を覆す“予行演習”を行い、若者を鍛えた上で地方に送ったのである。

 かつて毛沢東は長征を「宣伝隊であり、種蒔き機である」と総括した。「文化大革命」も官僚独裁を打倒する“種蒔き機”と彼が考えていたことは容易に想像できることである。

 「文化大革命」の中で毛沢東は、「プロレタリア独裁」「継続革命」「指導幹部のブルジョア的権利の制限について」等の学習運動を展開した。つまり地方に配置された若者達もこれらの理論学習運動に参加していたのである。

 「物事は極まれば反転する」とは毛沢東の言葉である。「社会主義市場経済」をとことん実践した中国は今バブル崩壊に直面している。反転の時と言うべきだ。まさに「死せる毛沢東生ける走資派を走らす」という局面を迎えている。つまり中国で続発する人民大衆の暴動は真の社会主義を目指す毛沢東の戦略的“布石”が威力を発揮し始めたものと見るべきである。

 中国に真の社会主義に向けて反転の可能性が出てきたことを指摘しなければならない。

(新世紀ユニオンのニュース「国際情勢のツボ」から転載)