No.83(2008年4月号から)

投稿=再起動?小泉元首相と「改革」の行方

投稿 文筆家 佐藤 鴻全


21cジャーナル編集部に佐藤 鴻全氏より投稿がありましたのでご紹介します。
佐藤氏のホームページ

◆元首相の胸中◆

 小泉元首相が、福田首相の道路特定財源の一般財源化表明を受け、思わせぶりな発言で解散総選挙を示唆する等、動きを再開した。

 小泉氏は、構造改革を掲げて5年半の間首相職を全うした一方、自民党、清和会、三代続く家業の政治業を守る守旧派の顔を持つ。その矛盾が、今まで小泉氏を黙らせていた。しかし、このまま単なる人寄せパンダのまま枯れてゆくと見る向きは少ないだろう。

 守るべき前述の3つのうち、家族親族がぶら下がる家業は別にして自民党と清和会の2つについては首相就任当初の「自民党をぶっ壊す」のキャッチフレーズの通り、条件次第では壊れてもいいと考えている。そして、恐らくは「改革者」として歴史に名を残すことこそが真に守りたいものであると思われる。

 このまま、小沢民主党に政権を奪われ、自らが行ってきた郵政民営化、道路公団民営化、地方分権三位一体改革等の構造改革、強固な親米路線等が換骨奪胎オセロゲームのように悉くひっくり返されたら今までやってきたことが否定されるのだから、黙って静かに枯れてゆくという訳にもゆくまい。

◆小泉構造改革とは◆

 ここで、小泉氏の行った改革を振り返れば、立ち行かなくなった旧来の仕組みを壊して来たのであるから、日本政治史に稀な改革者であるとは言える。

 しかし、その「改革」を個別具体的に見れば、膨大な預かり資産を日米の国債等に流入させる仕組みを実質的に温存した郵政民営化や、無駄な道路が作られる一方真に地方のニーズに根ざした必要な道路が作られない道路公団民営化、地方の主体性が一向に見えない三位一体改革等、壊し方が不十分であった。

 また、郵便局の激減による地方の生活インフラの破壊、地方の疲弊や世界的に見ても最上位の貧富の格差の出現、国民の老後の不安が急速に増大する年金制度とその運用等マイナス面の大きさは、今となっては取り繕いようがない。

 これら不十分かつデメリットの目立つ「改革」に共通するものは何か?  その答えは、極々単純だ。改革に、トータルな青写真が無いのだ。いや、青写真としては、強いて言えば漠然とした米国社会への憧憬があったのかもしれない。

 しかし、米国社会は、イラク戦争による石油資源確保、景気浮揚やサブプライム・ローンのような金融工学によってジリ貧を食い止めようとしたが失敗しドカ貧に陥った。

 これらの無理が通れば道理が通らずの教材のような失政がなくとも、軍事覇権と市場経済原理主義に根ざした米国社会が何れ立ち行かなくなることは歴史観と未来に対して責任感を持つ者なら想像可能なことではあった。

 歴史観と責任感が欠落しているから、理念とビジョンが生まれない。理念とビジョンを持たないから、青写真が描けないか皮相な借り物になる。青写真が無いから、「改革」は明確な方向性無き摘み食いものになり、言葉勇ましくとも不十分かつ派生するデメリットに対して為す術の無いものに終わった。

◆改革の本質◆

 今日、小泉構造改革の揺り戻しとして、昨夏の参院選に民主党が大勝し、小泉改革の不肖の弟子の安倍政権が倒れ、癒し系守旧派の福田政権が生まれた。しかし、福田政権では壊れゆく日本社会を治療することは不可能だ。構造改革は、勿論悪ではない。特に今の日本に焦眉の急で必要なものである。

 だが、前述したように小泉構造改革は、理念と青写真と方向性を欠いたものであった。小泉「構造」改革と言いつつ、国民に一時の熱狂と夢を与えはしたが、中途半端な破壊だけで終わり、皮肉にも日本社会を新たに「構造化」することが出来なかった。旧来の構造を壊し、新しい「構造」を作り上げることが真の改革である。

 筆者の拙論を述べれば、「発展と調和の同時実現」を理念として、「ナショナル・ミニマムを伴う自立社会の建設」を統括的な青写真とする。「発展」と「調和」また「ナショナル・ミニマム」と「自立」は、ともすれば矛盾するものである。

 そこを足して2で割るのではなく、具体的に「構造化」して落とし込む必要がある。即ち、例えば以下のようなものが挙げられる。

◆都道府県の廃止と基礎自治体の200〜500の大規模自治体への集約と、国・都道府県の権限および税財源の大幅移譲、および権限と財源の弱い地域調整機能としての道州制の導入。

 なお、当該大規模基礎自治体は、自主税財源、人口・面積等に応じた自主財源不足分の地方交付税(恒久的な下駄)、および20年程度で漸減・消滅する地方交付税(地域自立までの調整措置としての下駄)の3財源により地方行政を賄う。

◆消費税の基礎的社会保障税化による基礎年金、介護・老人医療の基礎的部分の財源確保、および5年毎程度の国民投票による税率と保障レベルの見直し。

これにより、国民に将来への一定の安心感を与えるとともに、領域を明確化しそれ以上の部分は基本的に自己責任で賄う一種の覚悟を持たせ、経済・社会の流動化を図る。

◆地域の配送・郵送とマネーの決済機能インフラとしての一定レベルの郵便局網の公的資金を用いた維持と、膨大な金融部門の民間へのスケジュールを組んだ完全売却。

◆道路財源の一般財源化と高速道路の公的資金を用いた無料化、高速道路と重複する等無駄な一般道の即時建設中止。

◆前述の基礎的社会保障維持、公的教育の財源維持、外交・防衛および疫病等の危機管理、国家プロジェクト的な先端科学技術開発への国の役割の限定。

なお、外交・防衛については、自主防衛強化と米国覇権の終焉に備えた世界多極化下での国連および地域共同機構による集団安全保障体制と、ドル基軸通貨に代わる新たな通貨安定制度の構築を、主導的立場で実現させることが必要である。

◆政局流動化と改革の行方◆

 以上は、日本社会の来歴と世界の趨勢を鑑みれば、自ずと導き出されるものであり、大方これまでも識者によって言い旧されて来たことではある。しかし、国民は小泉構造改革に熱狂し、それが不首尾に終わると羹に懲りて癒し系の首相に期待をし、今度はそれで立ち行かないと思うと小泉再登板を漠然と希求する如きで、一向に国の方向が定まらない。

 ロバート・フェルドマン氏のような金融系の評論家や海外マスコミは、改革か後退かの単純化された視点のみで改革の中身や構造まで関心がなく、尤もらしい論評で国民を惑わし、日本のマスコミもその受け売りが目立つ。

 竹中平蔵氏のような学者も、市場経済原理主義に基づいた改革とともに、一応それにより派生する痛みの対策は口にするが、一つ一つの対策が規模・質ともに弱い上に構造化されておらず、巧みな口舌によって語られるそれは、単なるアリバイ作りの域を出るものではない。

 国益の為の提言者を装いつつ、その実、国際金融筋の意を受け世論を誘導するのは止めて頂くか、若しくは日本を去っては如何か。

 話が脱線した。現在国会は、冒頭に述べた道路特定財源の一般財源化とガソリン税の暫定税率復活阻止で、民主党の小沢代表が福田首相に強気の揺さぶりを掛けている。

 小泉氏は、政局の流動化とともに自前の傀儡を立てて必ず動く。その上で民主党のトロイの木馬とも評される前原グループと結ぶのか、それとも逆に最終局面で昨日の敵で宿命的なライバル小沢氏と結ぶのか。

 改革者としての名を歴史から消したくない小泉氏は、政界再編含みで何らかの選択をするだろう。国民と識者は、日本の将来に責任がある以上、主体的な判断基準を培い虚心坦懐に国の行く末に思いを致し、これからの小泉氏の行動を注意深くWatchし、かつJudgeする必要があるだろう。

(2008年4月13日投稿)