No.72(2007年5月号から)

独自のエネルギー戦略でアメリカの怒り招く

安倍訪米の矛盾点


 安倍政権になってから日米関係がギクシャクしている。

 安倍首相は就任後すぐ中国と韓国を訪問し、その後アメリカよりも先にEUを訪問した。結局訪米は就任から7ヶ月もたった4月末になった。この点について安倍は「もはや参勤交代の時代ではない」と語ったが、真相はアメリカ側が招かなかったとつたえられている。

 この間に久間防衛大臣や外務大臣のイラク戦争や占領への批判的発言や安倍首相の従軍慰安婦問題での「日本軍による強制を裏付ける証拠はない」との発言があった。

 安倍政権がウズベキスタンのウランやサウジの石油を確保する独自のエネルギー外交を追求し、東アジア諸国連合や中国・韓国などとアジアの共通通貨政策を追求していることは自立の必要条件作りであり評価できる。

 これに対するアメリカ側の反発は、安倍首相の従軍慰安婦問題での強い批難となって現れた。

 この問題でシーファー駐日米大使が「日米関係に破壊的影響を及ぼす」と語った狙いは慰安婦問題ではなく実際は安倍のエネルギー戦略に矛先が向いているのである。

 安倍首相は会談で慰安婦問題について「人間として首相として心から同情している、申し訳ない思いだ」とブッシュに謝罪し、ブッシュはこれを受け入れたのである。本来従軍慰安婦問題で日本の首相が謝罪するのであるなら被害者である朝鮮や中国やオランダ等の元慰安婦に対してでなければならない。なぜ関係のないアメリカ大統領に謝罪しなければならないのか?つまり安倍の謝罪は実はエネルギー戦略が自立をめざすものではないという意味なのである。

 イラク戦争で孤立しているアメリカは、日本のイラク戦争への支持が必要であるので日米の対立をカモフラージュしなければならなかったのである。

 安倍は訪米にあたって集団的自衛権行使についての見直しに踏み出し、アメリカの戦争に参戦し貢献するための9条改憲のための「国民投票法案」の成立に道筋をつけた。これらは日本の戦争体制に向けたものであり、訪米の“危険で無用の手みやげ”であった。

 安倍がアメリカの対北朝鮮政策の転換に異議を申し立てたわけでもない。イラク政策も全面支持でこれでは民族派首相らしくない、対米追従路線ではないか?安倍とブッシュは「かけがえのない日米同盟」を強化する方針を確認したが、中身はギクシャクしている。

 アメリカが北朝鮮の核問題優先で拉致問題を置き去りにした時安倍は拉致問題を堅持できるであろうか?  アメリカは安倍を含む自民党内に根強くある“日本の歴史見直し”の反動的策動を利用して中国や韓国などアジア諸国の日本軍国主義への不信をかきたて、日本をアメリカの属国にしておくことへの合意を取り付け、日本の戦略的取り込みを図っている。これに呼応している安倍は民族派とは言えない。従属国の手代にすぎない。

 日米の軍事一体化を進め、自衛隊のイラク派兵も続けなければならず、日本の国家予算3兆円を使った沖縄の米軍基地拡張もやらなければならない。ミサイル防衛の前倒し配備もやらなければならない。つまり安倍は一方で日本の属国化を進め、他方で独自のエネルギー戦略を進めていることになる。この矛盾がアメリカの警戒感になっていると見るべきである。

 アメリカと対立しながら「ジョージ」「シンゾー」と記者会見で呼び合うことが「個人的な信頼関係」「同盟の強化」と言うのか?この場の「関係」や「同盟」は従属関係であり、従属同盟であることを日本の人々は鮮明にしなければならない。

 アメリカは今なおイラクのカイライ政権の安定化で石油利権を握ったまま撤兵することを追求している。しかしそれは絶対に不可能である。安倍はアメリカがイラクで消耗することを期待して、イラク戦争支持を表明し、エネルギー外交をやっているのだろうか?  安倍が面従腹背ならアメリカが黙っているわけがない。ロッキード事件のように安倍追い落しがありうるであろう。

 すでに日米間の貿易額よりも日中間の貿易額がより大きくなっている。日本の対米依存度は少なくなっている。しかも世界の産油国は多くが反米国家となっている。

 日本が戦後60年以上たって今なおアメリカへの従属を続けるメリットは少なくなっているのである。日本が対米自立してこそ「美しい国」と言えるのであるが、安倍は親米派であり従属派であるように見える。

  今日本に必要なのは対米依存を少なくし、自立の必要条件を整えることである。したがって安倍のエネルギー戦略は正しい。

 外交面では対ロシアとの戦略関係を大胆に強め、アジアでの孤立を回避し、アメリカの戦争路線にノーと言える条件を確立すべきである。

 安倍が「もはや参勤交代の時代ではない」と言うのなら慰安婦問題で被害者に素直に謝罪して、アメリカ議会の慰安婦決議案を意味のないものにするべきであった。