No.72(2007年5月号から)

不毛の憲法論議を批判する!

自立か従属かの戦略論議こそ必要だ


 5月3日の憲法記念日を迎える度に、あいかわらず改憲派と護憲派の論議が高まっている。今年の新聞論調の特徴は改憲派が世論調査で50%を超えたという点である。

 日本の9条護憲派の特徴は法的観念論にある。実際に日本には軍隊が存在しているのだから、9条をそのまま守っても平和が保障されるわけではない。社民・共産の両党は客観情勢から日本の安全保障を論じるべきである。

 アメリカには巨大な軍需産業が存在し、世界一の軍隊と“産軍複合体”を形成している。したがってアメリカは、世界で唯一経済的に戦争を必要とする国なのである。

 そのアメリカが相対的に弱体化し、一極支配を維持できなくなっている。したがってそこから日本の戦略的取込みが出てきている。

 日米同盟の強化を進めていけば日本は必然的にアメリカの戦争に巻き込まれるのである。

 日本が平和主義を貫くには対米自立をなしとげる以外にはないのである。したがって日本は対米自立政権を打ち立てた後で自立憲法を創るべきである。

 現憲法は9条と98条Aに特徴的な従属憲法であり、9条を守ったからと言って平和主義を貫けるわけではない。実際に9条の下で自衛隊はインド洋とイラクに派兵されているではないか!  対米追従の現政権(自公政権)の下では、9条改憲に成功したとしてもアメリカの戦争に参戦させられ、アメリカに多額の国家予算をむしり取られ、疲弊し、“亡国への道”をたどることになる。

 問題は憲法ではない、対米追従の属国政治を自立へと転換することによってしか日本には平和主義を堅持する道がないことを見なければならないのである。

 「9条は日本の宝」と主張する人達は、非武装中立で国の安全が保障できると本当に考えているのだろうか?すでに9条は空洞化しており、それでもなお9条を守ることにどんな意味があるのだろうか? アメリカに守ってもらうため従属を続けるのか?  アメリカ政府は、改憲ではなく集団的自衛権の憲法解釈を変えることを要求している。なぜなら集団的自衛権が「合憲」となれば、日本は9条の下でもアメリカの戦争に参戦できるからである。

 こうした状況の下では「9条は日本の宝」なんぞではないことは明らかだ。憲法9条はGHQの占領時代の“化石”のようなものであるにすぎない。

 EUが東方に拡大し、ユーロがドルの地位をおびやかし、“ヨーロッパ合衆国”をめざし、ロシアの軍事的巨大化とエネルギー大国化、中国とインドの経済発展と野心の増大、中南米の反米的経済統合への動きによって世界は多極化の時代を迎えている。

 したがってこうした世界の主要勢力と日本はどう戦略的関係を築くのか?アメリカ追従だけの外交で日本が生き残れるだろうか?憲法論議は実際の世界の戦略的変化と合せて論議すべきなのである。

 かつてのアメリカの一極支配が万全であった時代とちがって、現代世界は多極化とアメリカの衰退の時代であり、こうした戦略的変化の中で日本は平和・中立の多極外交を展開すべきであり、衰退するアメリカに追従し、戦争に巻き込まれては「貿易立国」も「平和主義」もあったものではない、それは亡国路線と言うべきである。

 多極化の時代には外交が何よりも重大な戦略的意義を持ってくるのであり、日本は盲目的対米従属路線を捨て去る時がきている。

 すでに日本とアメリカの貿易量は減少し、日本はアメリカ市場に部分的にしか依存していない。自立の必要条件が熟しつつあるのに対米追随を主張する者は真の民族主義者ではない。

 日本民族は偉大な民族であり、戦後60年以上たったのであるから、いつまでもアメリカの“従僕”の地位に甘んじてはいけない。それができるのは民族の誇りを失った拝金思想の持ち主だけであろう。

 対米従属という戦略関係で利益を得てきた連中は、自民党政権下で既得利益集団を形成している。この連中はプラザ合意以後のアメリカの日本に対する公共事業の拡大と「構造改革」に利益を見い出した連中である。

 自民党政権の「改革」によって利益をむさぼった者と収奪された者の格差は拡大した。この既得利益集団が手に入れた巨額の遊休貨幣は巨額の利子、利潤を求めて海外へと投資(資本の輸出)され、日本はアメリカと同じ侵略国家の道をたどり始めた。これこそアメリカが「構造改革」で望んだ“日本の戦略的取り込み”の経済的基礎にほかならない。

 イラクはかつてアメリカの同盟国であった。日本はフセイン大統領のイラクのようにアメリカ覇権主義の“餌食”とされかねないのである。

 それゆえに我々は多極化時代の日本は対米自立すべきであり、今のまま対米従属を続ければ亡国の道であると警鐘を鳴らしているのである。