No.70(2007年3月号から)

既得利益集団がのさばる日本社会

硬直した日本社会の弊害


 北朝鮮の金正日政権が世界から批難を浴びるのは、個人独裁の国家権力を親(金日成)から子へと相続したことである。これが国家権力の私物化であるのは明らかで、北朝鮮の国民を飢えに苦しませる悪政の根源はここにある。拉致もまた個人独裁の産物なのである。

 日本政府が拉致問題の解決をめざすならまずこの点を批判しなければならない。拉致問題の背後にあるのは個人独裁国家の“傲慢”なのである。

 しかし拉致問題に取り組む安倍首相がこの点について語らないのは自分が小泉と同じ“三世議員”であるからだ。

 最近の日本社会を見ると、政治家だけでなく医者の子は医者に、芸人の子は芸人にという例があまりにも多い、日本社会の特権層が既得利益集団化して、その特権的地位を子供に相続させる例が多いのである。

 こうした特権的地位の私物化を指摘すると政治家がよく持ち出すのが「機会の平等」「再チャレンジ」という言葉である。しかしこれらの言葉は欺瞞である。なぜなら入学金が高額で金持ちでなければ医学部には受験できず、金さえあればバカであっても裏口入学できるのは誰もが知っていることである。“機会の平等”など始めから無いのである。

 日本社会は「職業選択の自由」が表向き保障されていても実際には、すでにあらゆる分野で既得利益集団が形成されていて、いかに能力があってもその能力を生かせない硬直した社会となっている。こうした社会の硬直化は犯罪を増加させるだけでなく、若者の夢を奪い、努力する意欲を奪い取る。

 既得利益集団がのさばる社会はまるで封権社会のように人々の身分と経済的地位を“固定化”して、社会の活力を奪い取るのである。

 多くの若者が社会に背を向け、働くことを放棄しているのは、努力しても報われることのない社会の現実を見て(闘うのではなく)あきらめているのである。

 既得利益集団が私物化するのは利権・特権だけではない、彼らは国家財政をも私物化して、必要のない公共事業をやりまくり“談合”で私腹を肥やしている。官僚の裏金、政治家の“口聞き料”、銀行への公的資金注入、いずれも公金(税金の)横領である。

 日本社会の硬直性は自民党が戦後の政治権力をほぼ一貫して握ってきた事実に示されている。それは既得利益集団が変化を嫌い、安定を求める結果である。

 最近では「改革」と称して既得利益集団の利益を一層巨大にする策動がやられている。
 「民営化」とは国有財産の略奪のことであり「道州制」とは地方を切り捨て、地方交付金を削減して国家予算を“独り占め”する策動のことである。格差社会はこれらの「改革」の結果なのである。

 つまり私的利益を根底にしているために従属国日本の政治家は国家戦略を語れず、国の未来を語れない、ただの利権をあさる“政治屋”なのである。
 既得利益集団にとっては、現在の自分の特権的利益さえ保障されていれば、日本の国がアメリカの属国であっても、また国家予算を他国に略奪されようがかまわないのである。つまり自己の利益のためなら民族の利益を売りわたすのが彼らの特徴なのである。

 これが「対米自立」という民族的要求が権力者に見向きもされない理由である。つまり悠久の歴史を持つ日本民族の自立を達成するには、広範な民衆の国民運動にたよらざるを得ない理由がここにある。

 現在の日本の政治家には、田中角栄のように自立のためにアメリカの嫌がる“日の丸原油”の獲得をめざし自主外交を展開する覇気は無い。安倍政権は大金を投じて獲得したイランのアザガデン油田の開発権をアメリカに強いられて手放してしまったのである。

 恥ずかしく、情けない話である。しかも野党のどの党もこの事実を批難することを避けているのだから話にならない。

 野党議員であっても国会議員という特権的地位を失いたくなければ、アメリカの嫌がることは言わないのが“生き抜く知恵”とでも言うのだろうか?

 対米自立のために、民族の自立のために必要条件を整える外交をすべきだ!という我々の主張を支持する政治家はいまだ現れない、アメリカが怖いからである。

 日本民族が民族の誇りを取りもどすには、私的利益のみ追求する既得利益集団ではなく、民族の心を失っていない民衆に依拠するしかないと思うのである。
 既得利益集団がのさばるかぎり従属国日本の未来は暗いと言わねばならない。