No.64(2006年9月号から)

「直線思考」の人安倍次期首相への懸念

投稿 文筆家 佐藤 鴻全


21cジャーナル編集部に佐藤 鴻全氏より投稿がありましたのでご紹介します。
佐藤氏のホームページ

 国民的人気を背景に、安倍晋三氏が9月の自民党総裁選を勝ち抜き次期首相に就任する事がほぼ確実な情勢である。

 既に党内各派閥も雪崩を打って安倍氏支持へ回った。さて、筆者は、安倍氏の政治手法の特徴はその「直線思考」に有ると見て懸念を感じる者である。

◆外 交◆

 まずは、外交面について何点か考えてみる。

 7月の北朝鮮による日本海へのミサイル発射に対し、国連安保理で非難決議が可決された事は、一貫して強気の姿勢で日本の主張を主導した安倍氏の外交的勝利である。安倍氏が制裁を含む決議に固執し、米国の采配により最終段階で妥協し、中国・ロシアが歩みより制裁抜きの非難決議が成り立った事は、結果としてあの情況下での最大の外交成果となった。

 だが、もし中・ロが拒否権を行使して国際社会が北朝鮮に対し一致した対応を取れ無かったとしたらその外交的リスクは甚大であった。

 安倍氏の中での今回の落とし所についての計算の有無がその評価を180度分けると考えられるが、その肝腎な所が不明なままである。

 また、安倍氏は中国・韓国については「政経分離の原則」で関係構築を図るべきだとしているが、政経分離で行きたいのは日本の方であり、両者を絡めて歴史問題等で日本に政治的妥協を迫ったり逆に経済的利益を引き出そうとするのは専ら中・韓の方である現状を考えれば、その実現は難しい。

 安倍氏の著書や発言において、そのための具体的方策が現時点では一切示されていない。

 更に安倍氏は、近著「美しい国へ」において、イラク戦争支持と自衛隊派遣を「日本の大義」とした上で、(1)イラクの民主化・復興と、(2)中東の石油供給を確保する事は国益である事、をその大義の内容としている。

の理論で行くと、(2)では「石油は大義」となってしまう。

 「大義」も「国益」も厳密な定義が定まっている言葉ではなく、その用い方は自由である。

 しかし、筆者は国益と「民主化」や「アジアの解放」等の大義との混同がイラク戦争の泥沼化や先の無謀な大戦等を引き起こしたと考える。

 これらの歴史の失敗例に学ぶなら、外交戦略は両者を用語としても概念としても一旦峻別し、他国の国益と力関係を考慮しながら、これらを立体的に組み立てて立案すべきであろう。

 筆者には、安倍氏の「日本の大義」論は、構造的思考力と戦略的発想を欠いているように映る。

◆内 政◆

 最後に内政面について一点だけ取り上げたい。

 安倍氏は前出の「美しい国へ」において1章30数ページを割き社会保障制度について言及しているが、ほぼ全文に渡って現行の年金制度、社会保障制度の肯定とそれを前提とした修正案についての文章が続き、筆者は厚労省のパンフレットを読んでいる錯覚に襲われた。

 現官房長官である事からスタンスの取り方は限られるのだろうが、一般の眼にも制度の破綻が明らかになっている以上、役人のレクチャーの請け売りを脱しない発想では国民に安心と希望を指し示す事は出来ないのではないか。

 来夏の参院選は、実質的には小沢一郎氏と1年間休養を取った小泉純一郎氏との対決になるとの観測もあるが、少なくともそれまでは総裁選の勝者が国政を担う事となる。

 総裁選告示に向け、安倍氏を含む各候補の政策提言が出揃って行く事となろうが、論戦を経て具体策の無さは補われ、直線思考は戦略的思考に変る余地はある。

 激しい論戦を期待したい