No.64(2006年9月号から)

幅利かす権力者の身勝手

警戒すべき兆候か?!


 通常国会を延長せずに終わってから、小泉首相の外遊が続いている。訪米、サミットでロシアへ、中東、ヨーロッパ、モンゴル、中央アジア。対米追随一辺倒への批判を気にしたのか? 国家の金で首相として旅行を思い存分してみたかったのか?それとも外遊中の臨時首相代理の安部の“見習い”期間を確保するためなのか。いずれにせよ権力者の身勝手な行動であるのは間違いない。

 先の衆院選で自分に逆らった者に“刺客”を送ることで強権を確立した小泉は、靖国参拝に反対する発言を繰り返していた加藤鉱一氏の実家と事務所が放火されたことになぜか、半月以上も沈黙を守った。まるで自分に反対すればどうなるかを示すためか?暴力による言論弾圧の重大な反社会的行動に理解を示したかったのか?しかも沈黙を守ったことに対する説明はされなかった。

 日本経団連前会長の奥田トヨタ自動車相談役は、8月23日名古屋で講演し、小泉政権下で進んだ格差拡大について「格差は社会の活性化につながる限りむしろ望ましい」と貧富の拡大を肯定した。奥田は「金儲けこそ活力の源泉」と語って、成功者を嫉妬せず賞賛することが経済的繁栄に不可欠と指摘した。
 奥田のこの発言は、長年経済界の指導者だった人物の発言をも思えない。“金儲けを賞賛せよ”と呼ぶこの思想は、トヨタと自分を賞賛せよ!というただの拝金思想であり、この思想の蔓延が、モラルの崩壊を引き起こし、労働者の勤労意欲を削ぎ、欠陥商品が蔓延しているのに、拝金思想を賛美することを求めるとは、奥田もただの因業金持ちに過ぎなかったのである。

 最近の企業の違法行為の増加も当然といえる。大企業の偽装請負も、労災隠しも、リコール隠しも身勝手な企業権力者が生み出したものである。

 次期首相の安部は、勝ち組と負け組みを生んだ「改革」を正当化するための“再チャレンジ”と言っている。

 また「モラルの低下」を「教育改革」の必要性を説明するに使っている。自分たちの悪政の結果が「教育改革」や「再チャレンジ」で穴埋めできるわけではないのだから、これは身勝手な“策術”もしくは詭弁と言えるものである。
 今、自民党内で浮上しているのは、自分たちが除名した“郵政造反組”を来年の参院選を勝つために復帰させるという、これまた極めつけの身勝手な論である。

 小泉は「改革」の負の遺産が続出している中で、来年の参院選は、小沢民主党に“風が吹く”可能性が強く、参院選で自民が敗北すれば“政局”となって衆院解散もありうる。となると自分たちが追い出した人達を復党させ、数合わせをしようというのである。

 こんな身勝手な論にのって自民党に復党すれば、“造反組”は政治生命を失うことになる。自分たちの都合だけを考えた「造反組復帰」論もまた権力者の身勝手な思考方法を反映しているといえる。

 皇太子妃の雅子さまに男の子が生まれなかったため“側室を置け”という論が皇室関係者や権力者の中から噴出し、雅子さまが病気になった。そこで出てきたのが「皇室典範の改正」であった。しかし秋篠宮妃の紀子さまが男児を出産するや、今度は「皇室典範の改正は見送り」である。

 皇位継承を「男系男子」に限る現行皇室典範は、男女平等という点から見て時代遅れであり、大昔のように側室を何人も置くことができない一夫一婦制の現在では、いずれ皇統は絶えることになる。

 古代には女性天皇もいたのであるから、男系天皇に固執する人達(=権力者達)の時代遅れの男尊女卑をこそ問題にしなければならない。

 反動的な権力者達が象徴天皇ではなく、かつての絶対主義的天皇制に愛着を持ち、天皇家の男子誕生をことさら馬鹿騒ぎするのは、国家元首としての天皇制の復活を狙っているからである。

 かつての日本軍国主義は、天皇イデオロギーを侵略に利用したのである。同じ意図を持って万世一系の天皇の意図的な神格化もまた権力者の身勝手から出ている。

 身勝手なことをやることが権力行使とでも思っているのが属国日本の支配層の特徴なのである。

 彼らの抱える矛盾は、天皇が平和主義者であることだ。しかし権力者が危険なのは、そんな天皇であっても利用価値があると、身勝手に考えることである。

 権力者が身勝手を行うとき、国家的危機を招くことは、歯止めを失った先の大戦の貴重な教訓なのである。

 権力者の身勝手が目立つ今こそ、日本人民は警戒心を高め、日本の平和主義を守らなければならない。