No.64(2006年9月号から)

反テロ戦争の敗北が招く多極世界

転機迎えた世界情勢


 9.11の「同時多発テロ」から5年がたった。現在の中東が示しているのは、ブッシュ米政権が反テロ戦争の政治目的として掲げた「中東民主化構想」の破綻がより明確になったことである。

 アフガンでは新生タリバンが住民と結びついて力を回復しつつある。パキスタンではイスラム原理主義が勢力を拡大し、米軍に協力するパキスタン政府は窮地に陥りつつある。 アメリカがイラクというイラン(イスラム教シーア派の国家)の最大の敵を倒したことで、中東におけるイランの戦略的地位は上昇した。アメリカが作ったイラクの現カイライ政権は、イスラム教を基盤とした民兵に対抗できず、駐留米軍はすでに3000人近くの戦死者を出し、軍事的主導権を失いつつある。

 イランはヒズボラを支援し、イスラエルはレバノン侵攻でヒズボラに敗北した。エジプトやヨルダンなど親米国でイスラム原理主義が勢力を拡大している。

 アメリカとイスラエルの反テロ戦争は、逆にイスラム原理主義勢力を勢いづけ、その戦闘力を増大させている。

 ヒズボラの勝利と、イスラエルのレバノン空爆の惨状がアラブ全体に世論の反米化を巻き起こし、「民主化」どころか中東全体を反米・反イスラエルの闘争に巻き込みかねない状況が生まれている。中東ではアメリカの「反テロ戦争」が“裏目”にでているが、ブッシュは軍需産業と石油産業の利益を今も代表している。

 大義なき「反テロ戦争」の敗北は、ベトナム戦争と同様の深刻な反作用をアメリカ社会に与える可能性がある。アメリカ人民は開戦時と対照的に61%がイラク戦争反対し、賛成は35%にまで低下している。

 アメリカの財政赤字は拡大を続け、米兵は精神を病み、アメリカは今もなをイラク戦争に年間約10兆円の戦費をつぎ込んで疲弊しつつある。しかも中間選挙を前にブッシュは敗北を認めるわけにはいかず、「息つぎの和平」への戦略転換も出来ず、まさしく“立ち往生”の局面にあると言える。

 さらに深刻なのは、アメリカ経済が不況の傾向を強めていることである。雇用情勢も減速を反映して悪化し始め、自動車産業の大幅減産、さらには住宅投資が全国的に減少し、住宅バブルの崩壊もありうる。

 戦争とハリケーンと原油の高騰がアメリカを疲弊させているのである。ブッシュの減税の恒久化が景気を回復させるどころか、ドルを一層たれ流し、ドル安あるいは暴落を招きかねない状況となっている。

 現局面におけるアメリカの個人消費の上昇は、石油価格の上昇の反映にすぎず、個人消費の拡大を意味しない。国際基軸通貨を握るアメリカは、ドル紙幣の印刷による通貨発行益で生産以上に消費している。このドル支配の“うま味”がドル暴落で一気に喪失しかねない局面が生まれている。こうしたアメリカの苦境が、対イランやシリア戦略にも反映している。

 イランの核開発についても、アメリカは制裁を望み、すでに金融制裁を実施しているが、ロシアや中国、EUは、アメリカと一線を引く態度をとっている。ブッシュはイラクでの苦境の中で、イスラエルのレバノン侵攻にもかかわらず、シリアやイランに軍事的対応を取れなかったのである。

 アメリカ以外の主要国は、アメリカの疲弊を多極世界への好機と見ており、イラク戦争の泥沼が長期化することを望んでいる。

 ブッシュにとって深刻なのは、イラク戦争の「有志連合」に参加していた、イタリアのベルルスコーニ、日本の小泉、イギリスのブレアが退陣したか、近く退陣することである。

 イスラエルがレバノンに侵攻したのも、こうしたアメリカの戦略破綻が明らかになる中で、あせりから米軍がイラクから撤退しない内に“ヒズボラせん滅”をめざして、結果敗北し、イスラエル政局は混乱している。

 世界情勢は明らかに転機を向かえており、アメリカの一極支配の終わりが近づいている。もしドル暴落が起これば、アメリカは通貨発行益を失い、その巨大な軍事力を維持できなくなる可能性がある。

 米軍再編費用を日本が3兆円拠出しても、アメリカ負担分は拠出できない局面もありうるのである。

 世界情勢は多極世界に向けて急速に流れており、ドル安の不安の中で、各国は外貨準備をドルからユーロへと逃避させている。このため東方に拡大したEUのユーロが世界通貨の一角を占めつつある。

 この多極化の流れは誰にも押し止めることは出来ない。問題はアメリカが疲弊を恐れずイラク戦争を続けて“傷口を広げる”か、それとも“余力を残して”撤退し、多極世界のリーダーでありつづけるか、ということである。それはドル暴落を招くのか、それともドル安で止めるのかの違いでもある。

 世界情勢の転機によって日本の対米自立の好機が生まれつつあり、対米一辺倒外交を多極外交に切り換え、対米自立の必要条件を整える国家戦略が急務となっている。