No.59(2006年4月号から)

愛国心教育の狙うもの

教育基本法改悪に反対しよう


 自民党・公明党の教育基本法改正検討会(大島理森座長)は4月12日両党間で対立している「愛国心」の表現について「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う。」とすることで合意した。

 これまでの同検討会では、自民党が「国を愛する心」の明記を主張し、公明党は「国が政府など統治機構を意味すれば軍国主義を喚起させる」として「国を大切にする心」とすべきと主張していた。

 つまり検討会の合意は折衷案であり、この点について大島座長は「 国という概念の中に統治機構を含まないという互いの共通理解を勘案した」と記者会見で語り、  公明党の大田幹事長代行は「国家主義ではない」と説明している。

 しかし国家が階級支配の道具であることは客観的事実であり、統治機構(軍事力等の暴力装置)が国という概念に含まれることは、口先で否定しても、事実はまったく変わることはないのである。

 自民党が、アメリカ政府の要請を受けて戦争体制の法整備を進めてきたことは、有事法制に示されており、「国のため」と称して若者を戦争に動員するために「愛国心教育」が語られてきたことも事実であり、小泉首相が力を入れている「愛国心教育」の教育基本法「改正」が軍国主義・国家主義と結びついていることは疑いないのである。

 いかに口先でごまかしても、教育基本法に「国と郷土を愛する」という言葉が入るなら、愛国心教育を口実に教育の国家による統制が強まることは避けられない。

 かつて「日の丸・君が代」を、首相が「強制は考えていない」「内心の自由を守る」と約束したのに、今では東京都に特徴的な「日の丸・君が代」の権力的強制の実際を見れば容認の危険性は明らかだ。

 それは容易に国家主義・軍国主義と結びつくのである。

 つまりは「愛国心」の教育基本法への盛り込みに、自民党と公明党がこだわるのは、日米軍事同盟の地球的規模への強化、在日米軍の再編による侵略出撃拠点化、自衛隊のイラク派兵、9条改憲の動き、小泉首相の靖国参拝などに示される神道と天皇イデオロギーに支えられた戦争体制作りの一環であることは明らかである。

 このことは検討会で自民党側が神道を前提にした「宗教的情操の涵養(かんよう)」を盛り込もうとしたことで明らかである。

 法律というものは「統治機構を含まない」とか「国家主義ではない」などと口先でごまかしても、一度法律が制定されれば法制定権力の狙いが、“独り歩き”するのである。

 国を愛せよと言うなら、それに足る国を作ることが先決ではないか!  大量自殺、過労死、ホームレス、ニート、大量失業、高負担による福祉の切捨て等社会的弱者が“泣きを見る”国にしておいて、国を愛せと言うのか?! 子供達が戸惑うだけである。

 自民党・公明党の“愛国心教育”が狙うものは何なのか? 日本人民は真剣に考えなければならない。

 日本の教育がだめになったのは“弱肉強食”の経済が教育に反映したためであり、愛国心教育や道徳心教育とは関係がないことを鮮明にしなければならない。

 日本経済は、商品輸出による利益よりも、資本の輸出による利子収入の方が大きくなっている。つまり日本の経済的土台が侵略性を増していることが、この国の上部構造における戦争体制に向けた法律整備を急がせる背景なのである。

 しかも対米従属という日本の地位から、それはアメリカのために日本の若者を戦争動員するための“愛国心教育”なのである。

 日本の政治家が真に売国奴でないなら、対米自立をこそ先に達成すべきことである。属国の地位にある日本を愛せと言う者にこそ、愛国心教育が必要である。