No.58(2006年3月号から)

インドの戦略的取り込み策すアメリカ

“不安定の弧”にらむ戦略的同盟


 ブッシュ米大統領は3月2、3日とインドを訪問し、シン首相と首脳会談をおこなった。この会談による両国の協力関係の拡大は、戦略的に非常に興味深いものがある。

 ブッシュ米大統領はこの首脳会談で核拡散防止条約(NPT)未加盟のインドに対し、核兵器保有を容認し、民生用の核開発分野で協力する協定に合意した。

 ブッシュ米大統領は、インドを「同じ価値観を共有するパートナー」と持ち上げ、約11億の人口を要するインドを「世界最大の民主主義国家」とたたえ、「世界最古の民主主義国家」(アメリカのこと)との協力関係の深化と拡大を呼びかけている。またブッシュはインドを「21世紀のアメリカの当然のパートナーである」とし、「両国はグローバルなリーダーだ。われわれに達成できないことはない」と戦略的パートナーシップの拡大を訴え、F-16やF-18戦闘爆撃機などのインドへの売却を検討する方針を明らかにした。またヘリコプター、哨戒機、艦船などの売却も検討することを声明で明らかにした。アメリカはインドの目の前に“アメ”をちらつかせている。

 これまで核拡散に反対してきたアメリカが、一転してインドを「責任ある核保有国」として認知し、原発開発に協力することを認めた背景に何があるのだろうか?  インドは発展途上国などで構成する非同盟諸国の指導的な国であり、アメリカと核開発をめぐって対立しているイランと友好関係にあり、最近ではロシア、中国の“ユーラシア三角同盟”を結び戦略的地位を高めてきた。

 ブッシュ政権がインドとの戦略的パートナーシップを表明した狙いは(1)軍事的膨張を続ける中国と、旧ソ連地域の中央アジアへの影響力を拡大するアメリカを警戒するロシア、この二国との同盟にくさびを打ち込み、できるならその一角を崩すためであり、(2)イスラエルの脅威となる核開発を進めるイランを封じ込めるためであり、(3)中東、インドから朝鮮半島にいたる“不安定の弧”を重視するアメリカの戦略建て直しである。

 ブッシュ政権は、イラクの泥沼化で自己の力不足を認識し、現在外交に力を入れており、ハイテク分野で成長著しいインドと北東アジアの経済大国日本を自己の戦略に取り込むことを重視しているのである。

 ただし、インド側に原発協力への期待はあっても、独自の非同盟外交をすぐに転換できるわけはなく、「どの国も核の平和利用の権利がある」と主張するインドと、ユダヤ人国家イスラエルの脅威となる、イランとパキスタン等の“イスラムの核”は一切認めないとするアメリカの“二重基準”とは大きな隔たりがあり、したがってアメリカとインドの“戦略的パートナーシップ”が今後ブッシュの思惑通り進むかは不明である。

 インド訪問の翌日(4日)パキスタンを訪問したブッシュは、パキスタンに対しては暗に民主化の進展を促すとともに、核の平和利用に協力しない姿勢を示し、アメリカのインド重視の外交との違いを見せ付けた。

 東アジアで日本を、南アジアでインドを重視するブッシュの戦略的視点は、イラクの石油支配と中東の非核化(イスラエルの核を除く)、ロシア・中国・インドの“三角同盟”の解体によるアメリカの覇権の回復にあることを指摘しなければならない。

 日本は、日米同盟の強化による在日米軍再編のための約3兆円もの資金負担をアメリカに求められ、小泉政権はこれに応じる意向を示している。アメリカが“戦略的パートナーシップ”と言う時、それは属国に、自国の戦略に貢献(=奉仕)を求める時にほかならない。しかし、インドはアメリカの属国ではない。冷戦の時代から非同盟を貫いてきた誇り高き国である。

 多極化の時代には、国家間では相互に複雑な外交が展開される。

 日本の場合には従属国だからアメリカの言いなりだが、自立している国は、アメリカ一辺倒の外交は取らないものである。

 インドは、イランと友好関係を持ち、非米の“三角同盟”に加わり、そのことで今回アメリカの譲歩を引き出したのである。

 イラクへの単独行動で国際的に孤立したアメリカが、外交に力を入れ始め、インドの戦略的取り込みに向けて動き出した。それはブッシュの秋の中間選挙を見据えた動きでもある。