No.56(2006年1月号から)

「石油は大義」か。安倍晋三氏に問う

投稿 文筆家 佐藤 鴻全  


21cジャーナル編集部に佐藤 鴻全氏より投稿がありましたのでご紹介します。
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 ◆安倍後継

  「日本にとって石油の確保は死活問題であり大義である。それ故イラク戦争を支持する事は正しい選択である。」(安倍晋三氏、イラク戦争当時)  小泉首相の9月退陣を前提に、次期総理総裁予想が喧しい。各社のアンケート調査では次期総裁に相応しい人として安倍氏がダントツのトップとなっている。

 首相の意中の人も安倍晋三氏である模様だが、来年の参院選では先の衆院選大勝の揺り戻しで自民党の苦戦が予想されるため、森前総理の目論み通り安倍氏を温存し繋ぎの総裁で乗り切る事になるかもしれない。

 さて、いずれにしても国民的人気が無い者が2、3年先の次期衆院選の顔として党内から支持される事は無く、安倍氏が次代を担うリーダーと目されている事は間違いない。それ故、今、安倍氏の総理総裁としての資質について検討してみるのは必要な事と思われる。

◆大義と国益

 冒頭に上げたのは、イラク戦争当時に官房副長官としてのテレビの討論番組での安倍晋三氏の発言(主旨)である。

 イラク戦争とそれへの日本の支持の是非自体については大きく議論の分かれる問題であり、ここでは敢えて問わない。

 日本にとって石油の確保は死活問題である事は議論を待たない。筆者がここで問題としたいのは、石油の確保を「大義」とした安倍氏の言語感覚と思考パターンである。

 安倍氏は一体、「大義」という言葉をどう定義しているのだろうか。筆者は石油の確保は、死活問題であると共に「国益」の領域に属するものだと考える。

 石油の確保が大義であるのなら、その目的のため先の大戦で日本が仏印に進駐した事やサダムフセインが湾岸戦争でクエートに侵攻した事やヒトラーが生存権を主張して周辺諸国を併合した事も大義となりかねない。これらは、国益に属しこそすれ、大義ではない。

 安倍氏の言葉からは、外交戦略についてギリギリの考察をして苦渋の発言をする形跡は一切なく、単純な米国追従しか感じ取れなかった。

 国際関係において「大義」とは、国益を越えたもの、個々の国の利害を超えて広い地域の秩序を構築、維持するための理念でなければならない。例えば、米国の唱える民主主義は大義たり得る。

 その歴史的評価は別として、先の大戦で日本が唱えた「アジア解放の大義」もその理念だけ取り出せば大義たり得るだろう。ただそれが、例えば石油の確保といった国益と渾然一体となり、軍事的侵攻(多くの場合言い掛かり的な開戦理由を伴う)に繋がり勝ちであるのは歴史の例に事欠かない。

 イラク戦争に端的に現れている様に、米国も国益と大義を渾然一体として考えている。その結果、現在多くの兵士を死なせ、莫大な戦費を使い泥沼にはまり込んでいる。

◆外交戦略として

 政治家としては国民の支持を取り付けるために「国益」と「大義」を一体として考える誘惑が常に働くのはある意味自然な事である。しかし、近代の歴史の失敗例に学ぶなら両者は用語としても概念としても峻別すべきである。でないと外交戦略の目的が不明確となり、事態について適切な判断が出来難くなる。

 外交戦略は、国益と大義を峻別した上で関係各国の国益と力関係を考慮しながら、それらを立体的に組み立てて立案すべきである。それが、周囲の支持を得ながらリーダーシップを確立する事に繋がり現実的な外交戦略となり得る。

 日本は今、隣国中国の経済的勃興と軍事的拡張、長期的に見た米国のアジアからの軍事的撤退等々により難しい外交を迫られている。次期総理総裁に名前を出される各氏も、外交戦略的なものを持っている様子は希薄であるが、安倍氏は日朝ピョンヤン宣言の際、北朝鮮の不誠実を理由に調印を拒否し帰国するよう小泉首相に諫言する等、気骨のある数少ない政治家である。

 安倍氏には、ブレーンと共に外交戦略を練り上げて、次代を担うリーダーとして是非ともそれを国民の前に堂々示して頂きたいものである。