No.55(2005年12月号から)

ASEAN+3と東アジアサミットで主導権失った日本

東アジアのブロック化の進展と小泉外交の無策


 北米自由貿易圏の中米への拡大追及、EUの統合と東への拡大、南米共同市場(メルコス)へのベネズエラの加盟というふうに、世界経済のブロック化が今着実に進んでいる。

 そうした中で12月12日に東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議とASEAN+3(日本、中国、韓国)首脳会議、14日には東アジア首脳会議がクアラルンプールで開かれた。ASEAN+3の議長国マレーシアのアブドラ首相は東アジア共同体を論議する場所はここしかありません」と決意をこめて語った。この言葉によって中国の影響力を少なくするために参加国が16カ国と多い東アジアサミットで東アジアの共同体を論議しようと提案していた日本の外交は敗北した。日本は今や完全に主導権を中国に奪い取られ、ただの参加国の一つになった。

 ASEAN諸国は1997年7月のアジア通貨危機の時のIMFを使ったアメリカ金融資本の略奪的陰謀を忘れてはおらず、したがって東アジア共同体構想と東アジアサミットをアメリカ抜きで進めることに意を用いてきた。

 日本は東アジアサミットへのアメリカの参加を追及したがASEAN諸国に拒絶され失敗した。その後は東アジアサミットにおける中国の影響力をそぐため、オーストラリアやニュージーランドやインドを参加させることに力を入れた。

 しかし今回、東アジア共同体構想を論議する場がASEAN+3に決まり、東アジア首脳会議は将来の地域統合に向け「主要な役割を果たしうる」という文言を共同宣言に盛り込むことで敗北を糊塗した。この結果東アジア共同体構想は中国とマレーシアの主導権が明白となったのである。

 中国とマレーシアは東アジア首脳会議への参加条件として「ASEANとの対話国」であり「TAC加盟国」であることを決めて、事実上アメリカに参加をあきらめさせた。TACとはASEANの基本条約で域内の内政不干渉、領土保全、武力不行使を定めている。侵略国であるアメリカはこれを認められず体よく排除されたのである。

 中国は東アジア共同体の主導権を握るために、反米のマレーシアに接近し、小泉首相の靖国神社参拝をASEAN各国に訴えて、日本を会議で孤立させることに成功した。

 小泉は会議に出席したが中国と韓国に首脳会議を拒絶されて靖国外交は「理解できない」「おかしいという方がおかしい」と不快感を表明したが、地元紙に「アジアの指導者ではない」とその対米追随を冷ややかに評価されたのである。

 アメリカは自分を排除した形の「東アジア共同体」に不快感を持っており、小泉はアメリカの顔色を見て会議に形だけ顔を出したのである。アメリカはアジアのブロック化に対し日本を通じて「開かれた共同体」を求めるしかない。

 中国は東アジア首脳会議にロシアを加入させて影響力の一層の拡大を狙ったが、中国の影響力拡大を恐れるインドネシア等に反対され、来年の会議で検討することになった。

 小泉は「日米関係さえうまくいけば他国との関係はうまくいく」などと“一極支配下の外交論”を持論としているが、今の世界はアメリカの相対的弱体化と経済のブロック化が進んでいるのであり、日本は対米自立を目指して“多極外交”を展開すべき時なのである。しかし現状は小泉の対米一辺倒外交が日本の国益を損なっているのである。

 アメリカは97年のアジア通貨危機以後ASEAN地域での影響力を著しく減少させており、代わって中国の影響力が巨大化しているのである。

 中国は毛沢東が没して以後、反動的民族主義の指導部によって明らかに地域覇権主義(=中華思想)の正体を暴露している。

 アジアの国々は、かつての修正主義ソ連がチェコやアフガンに侵攻したように、元社会主義の官僚独裁(=国家主義)の軍事的凶暴性を見ておかなければならない。

 平和主義の日本が小泉の靖国神社参拝で軍国主義のように描かれ、軍国主義の中国が日本軍国主義と闘う平和主義者のように振舞っているのは、小泉の対米追随外交が原因となっている。アジアにおける日本の孤立は小泉が招いたものであり、A級戦犯を祀る靖国への小泉の参拝が中国外交に戦略的優位を与えているのである。

 重要なことは、こうした小泉の“無策外交”を有力政治家が誰も批判しないことである。先の翼賛選挙による自民大勝と反小泉派の一掃によって、自民党の政治家は小泉の忠実なイエスマンばかりとなっていることを指摘しなければならない。

 現在の世界の特徴は、世界政治をリードする優秀な政治指導者を欠いていることである。本来多極化した世界の外交的主導権は“合従連衡”の戦略外交によって成立する。中国とロシアとインドの“三角同盟”とアメリカの“不安定の弧”の戦略的・地勢学的対峙から目を離してはいけない。

 唯一侵略勢力のアメリカに反対する“反米国際統一戦線”を提起した毛沢東のような指導者がいない以上、一国の安全保障は多極外交による多面的な安全保障でなければならない。侵略国家に追随する外交は“亡国の道”となりかねない。

 アメリカは日本を“自国の国債の買い手”であり、侵略戦争に協力する属国としか見ていないのである。アメリカの狙いは日本の金融資産の略奪であるのに、そのアメリカに一国の安全保障をゆだねるということは、盗賊に家の留守番を頼む“間抜け者”に似ている。

 重要なことは、アメリカがすでに全世界で孤立しており、優秀な政治家はいなくても、客観的には“反米国際統一戦線”が事実上できていることである。

 ネオコンの覇権主義戦略の失敗は誰の目にも明らかで、近い将来アメリカの戦略的大転換がありうるのである。

 日本は、アメリカの従属国であっても“その時”に備えて多極外交を展開して対米自立の必要条件を整えていくべきである。