No.53(2005年10月号から)

多極化をうながすグローバル化の波

戦略なき外交的無策の危険


 アメリカの政治は二大政党による大統領制を特徴としている。米民主党は主に金融資本とリベラル派・労組の支持を受け、共和党は産・軍複合体と石油資本と保守派の支持を基盤としている。

 クリントン政権の二期8年は、主にグローバル化による市場開放と金融的支配を追及しアメリカはロシア・中国・インドなどが経済発展を遂げ、世界は多極化の傾向を強めた。そのためアメリカの国際的地位は相対的に後退した。

 ブッシュ政権は唯一の超大国として世界覇権を目指すネオコンの政策を実行に移し、中東の石油支配を目指しイラクを軍事占領し泥沼に陥っている。その結果多極化は一層進行した。つまり民主党政権も共和党政権も資本主義の論理にもとづいて、それぞれの支持基盤を潤すための政策を実行し、結果として世界は多極化の傾向性を一層強めたのである。

 世界の多極化は、グローバル化にともなう資本主義の不均等発展の結果であって、アメリカに「隠れ多極主義者がいる」(田中宇氏)わけではない。

 ブッシュの覇権主義の軍事的失敗が結果的に多極化を一層促すことになったのであって、結果はあくまでも結果であって、その結果からありもしない原因を創出するのは誤っている。

 クリントンはグローバル化で世界経済を活性化し、アメリカ経済と財政を再建したが、資本主義の不均等発展によって現象的にはアメリカの覇権は後退した。少なくともネオコンの目にはそう映ったのである。

 ブッシュは「反テロ戦争」の名で軍事的覇権を追及し、その結果アメリカ国内の公共事業は削減され、財政赤字は深刻化した。そのうえ温暖化で巨大化したハリケーンの大被害を受けて、世論は「戦争よりも堤防建設を!」と内政重視を求めることとなった。こうしてブッシュ政権はネオコンの戦争政策「=あと10年中東地域の完全支配を目指して戦争を進める」を継続しにくい政治的状況を招き、“出口戦略”による息継ぎの平和を必要としている。

 明らかとなったのは、唯一の超大国・大陸国家アメリカといえども、一国で軍事的覇権を打ち立てるには地球は大きい(=力不足)ということである。

 アメリカがイラクで泥沼に陥っている隙を衝いて、EUは東に拡大し、ロシア・中国・インドは軍事的協力体制を強めた。

 ブッシュは単独介入によって政治的孤立を招き、巨大な“双子の赤字”をつくり、石油価格を高騰させ、経済的大破綻を招きつつある。

 そんなアメリカに日本は追随して大丈夫なのか?滅び行く国に追随するのは亡国路線であることはナチスに追随した三国同盟の結果をみれば明らかである。

 多極化の中で自立していく戦略をもつことが日本の民族的課題となっているのである。小泉首相の対米追随・属国路線はどこまで行くのか?国民に対して説明責任がある。だがなんの説明もない。

 巨額の郵貯と簡保の資金をアメリカに上納しても、アメリカの凋落は避けられない。

 資本主義とは、高い利潤・安い労働力を求めて絶えず資本を移動させる。結果としての不均等発展を促すのである。したがって相対的にアメリカの地位は低下を続けることになる。

 グローバル化とは、旧ソ連の崩壊によって冷戦が終了し、初めてドル支配下での世界市場を自由化する局面を迎えたことを表現している。その唯一の障害は利子を容認しない、したがって資本主義と相容れないイスラム教原理主義である。「反テロ戦争」とはアメリカの石油支配と軍事力によるグローバル化を目指すものである。しかしこのブッシュの覇権主義の失敗が明らかになりつつあり、しかもアメリカはハリケーンで自信を喪失した。

 災害からの復興と石油高、膨大な双子の赤字と住宅バブル、アメリカの危機は深刻で、それは支配従属の運命共同体である日米同盟を唯一の支えとする日本の安全保障を危機に直面させずにはおかない。近い将来アメリカがアジアから撤退することもありうるシナリオなのである。

 双子の赤字を“武器”として欧州や日本や中国にアメリカ国債を買わせることで、これらの国を搾取してきたアメリカのドル支配の終焉が近づいていると見なければならない。

 日本はその従属的地位に規定されて、外貨準備を全て「ドル」で保有する稀有(けう=めったにない)な国である。日本はドル資産で資源(油田や鉱山)や金(ゴールド)を買うことは禁止されているため、実はドルの破綻で一番深刻な危機を迎えるのは日本なのである。しかも小泉外交は東アジアのほとんどの国を敵にしてしまっている。国益からみて意味のない靖国参拝は、一極支配から多極化へと変わる世界にあって「合従連衡」の柔軟な外交を不可能としている深刻さがある。

 多極化の時代の戦略なき外交的無策は亡国を招くことを指摘しなければならない。

 中国の紀元前4世紀から3世紀にかけての戦国時代の名将「楽毅」が守ろうとして守ることを得なかった中山国の外交的無策を日本は“他山の石”としなければならない。

 一極支配から多極化へと時代の変化する局面にあっては次の時代への戦略を提起し、対米従属一辺倒から、対米自立を模索することが政治の責任である。民族的利益を代表する者の義務である。

 日本の与党幹部も野党幹部(民主党)も“ワシントン詣で”を繰り返す様は民族の恥と言うべきである!  外務省の常任理事国入りの見事な失敗、東アジア外交の失敗はとても外交とは言えないお粗末なものである。

 “思いやり予算”などで長年アメリカに奉仕し、中国には3兆円以上の援助をおこなったのに、アメリカと中国に常任理事国入りを妨害されるのだから、戦略もなにもあったものではない。

 およそ、その国の戦略的外交とは、まず民族の自立をこそ目指すべきであり、終焉まじかのアメリカ覇権主義が滅びるまで忠誠を尽くすことではない。日本のとるべき戦略とは対米自立とその上に立った安全保障でなければならず、自立もしていない国が安保理常任理事国の議席を得ても、それはアメリカの票が増えるに過ぎないのである。

 野党の中にも対米自立を主張せず、9条改憲に反対している政党がある。アメリカは日本の自立につながる改憲に反対し、集団的自衛権の憲法解釈だけを変えることを求めているのに“9条の会”の運動では日本はいつまでも属国である。反対に自立なら改憲はアメリカの戦争に「貢献」させられるだけである。日本の与党も野党も自立戦略が欠けているのである。

 アメリカの要求を反映しただけの小泉「改革」の政治は、属国ゆえのものであり、それは民族の恥であるだけでなく、亡国を招くと心得るべきである。