No.39(2004年8月号から)

中国人民の“反日の嵐”の意味するもの

サッカー・アジアカップ


 サッカーの国際試合は時に民族主義のはけ口として爆発することがある。だが今回の中国における一連の日本戦に見せる中国人民の罵声とブーイングの酷(ひど)さと、物を投げる等のマナーの悪さは世界の注目を集めた。

 ニューズウイーク誌は「成功しすぎた反日教育」と報じた。

 かって「友好第一」を掲げた「ピンポン外交」でアメリカの「中国封じ込め」を粉砕した毛沢東と周恩来の見事な外交を知っているものにとっては、中国現指導部の反日教育の意図に目を向けざるを得ないのである。

 今日の“反日の嵐”は、中国の走資派指導部が民族主義・反日を煽ることで、自分達腐敗した指導部への、人民の批判をすり替える政治的欺瞞行為とも言うべき結果であることを明らかにしなければならない。

 毛沢東の死後、いわゆる「4人組逮捕」でクーデターに成功した中国共産党内の特権官僚=走資派は、ケ小平の「白ネコ黒ネコ」論の実用主義的詭弁で、中国の市場経済化(資本主義化)を進めた。

 外資の導入とアメリカ市場への輸出で、中国はかっての敵アメリカに依存を深めた。

 社会主義の名をかたる市場経済化は、貧富の格差を高め、沿海部と遅れた内陸部との格差、農村と都市等の矛盾を当然にも激化させたのである。

 走資派指導部は、中国人民の批判の矛先を自分達からそらすために、民族主義を煽り“日本たたき”をおこない中国人民の中に「反日」(抗日)の気分を培養した。それが江沢民の「三つの代表」論に基づく「民族の党」という超階級的な中国共産党の位置づけへの変更であった。

 江沢民の「三つの代表」論とは毛沢東の「労働者・農民の党」という党の位置づけを「人民の利益の代表」「中華民族の代表」「階級の党」と並列的かつ修正主義的に変更したもので、フルシチョフの「全人民の党」とその本質において同じであった。その本質とは社会主義国の特権官僚が新たな支配階級となるための理論的修正のことである。

 江沢民は、資本家階級との「共存」を訴え、資本家の入党を認め、中国共産党の「国民党」化を進めた。彼は、中国の資本主義化で激化する階級矛盾が一党支配の崩壊につながることを恐れ、一貫して民族主義教育を進め反日のキャンペーンをおこなってきた。彼らがマルクス・レーニン主義・毛沢東思想に変えて民族主義を注入しているのは、階級闘争の理論を恐れているからである。

 彼らのキャンペーンは、小泉の靖国参拝批判であり、尖閣領有権の主張であり、日本人の集団買春批判であり、旧日本軍の毒ガス問題であり、「日の丸・君が代」を強制し歴史教科書の書き換えを進める日本の一部反動勢力への批判であった。

 中国にとって覇権主義のアメリカは最大の輸出市場であるため批判できない、そこで反日の民族主義培養となったのである。

 現在の中国の指導者である胡錦涛指導部は、政治局常務委員の3分の2が江沢民派であり、事実上江沢民の“院政”が今も続いているのである。

 重要なことは、現在バブル化している中国経済のバブル崩壊が近づいていることである。それは北京オリンピック後になるのかどうかはわからないが、中国経済の破局は遅かれ早かれ避けられないのである。

 見逃してならないのは、中国の一党支配が天安門事件の虐殺で示された社会ファシズム的体質とベトナムへの「懲罰戦争」に示されている危険な地域覇権主義的体質を持っていることである。

 一党支配を守るために中国の走資派指導部が人民の目を外にそらすために戦争へと突き進む危険性を強めていることに警戒しなければならない。

 毛沢東はこう語っている「中国人民も日本人民も日本軍国主義の犠牲者である」と、毛沢東と周恩来は、日中の友好、戦略的同盟を展望して「日本人民に負担をかけたくない」として戦争賠償金請求権を放棄した。

 中国人民は、現走資派指導部が、今なぜ“反日”を煽っているのか、その狙いを見抜かねばならない。

 世界中の人々がアメリカのイラク侵略に反対している時に、中国だけがなぜ反日なのか、アメリカ覇権主義に真向から反対できない中国の走資派指導部の日和見主義的外交路線は、彼らの弱さを反映している。

 それは崩壊した旧ソ連の例を出すまでもなく、「社会主義」をかたった一党支配は、「人民の代表」を掲げるゆえの階級矛盾に対する脆(もろ)さを本質としているからである。

 市場経済化で拝金思想のとりこになった中国はどこへ行くのか? 経済的崩壊で国家の分裂、もしくは外への“暴走”か?

それとも毛沢東の文化大革命の“予行演習”が成果となって結実(=左への揺り戻し)するのか?

注目される点である。