No.105(2010年2月号から)

鳩山政権「新成長戦略」の問題点

−勝つためのシナリオたり得るか−

投稿 文筆家 佐藤 鴻全


21cジャーナル編集部に佐藤 鴻全氏より投稿がありましたのでご紹介します。
佐藤氏のホームページ

◆「新成長戦略」の概要◆

  鳩山内閣は、昨年末12月30日に経済成長戦略の基本方針として「新成長戦略〜輝きのある日本へ〜」を臨時閣議で決定した。

 以下、民主党ホームページから関連記事を抜粋する。

<前略>  内容は、政治的リーダーシップにより、「環境・エネルギー」「健康(医療・介護)」など、日本の強みを生かし、更に「アジア」「観光・地域活性化」などのフロンティアを開拓することによって需要からの経済成長をめざすもの。

閣議に先立ち鳩山由紀夫総理大臣(代表)は、政府の成長戦略策定会議の席で、「これまでは経済のために人間が動かされてきた。これからは人間のための経済だ」  と理念を述べた。また、閣議後の記者会見では、(1)環境対策など日本の強みを生かし、ややもするとマイナスの評価をされがちな少子化や高齢化を、健康・長寿な社会をつくるチャンスととらえる、(2)アジア全体を成長させていくことで日本とのウィン・ウィンの関係をつくり、国内においても地域活性化をはかる、(3)科学・技術、雇用・人材など成長を支えるプラットフォームを強化する、ーーなどとする基本方針の内容にふれ、「政権の実行力が試される」と具体化に強い意欲を表明した。

<後略>  また、2020 年までに環境、健康、観光の三分野で100兆円超の「新たな需要の創造」により雇用を生み、GDP成長率を名目3%、実質2%を上回る成長(平均)、名目GDPを650兆円程度、失業率を3%台への低下(中期的)とするなどの数値目標を掲げた。

◆マニフェスト、予算との3者間の整合性◆

 数値目標を掲げた点などは、率直に評価できる。

 一方、問題点としては、次の点が挙げられよう。

(1)先のマニフェスト、2010年度予算との3者間の整合性
(2)戦略性・束ね感の弱さ
(3)医療や介護をGDP成長・雇用の主軸に組み込んでいる点等

先のマニフェスト、2010年度予算との3者間の整合性については、予算、マニフェスト間のずれに関し既に多く語られているが、今回の「新成長戦略」が加わりさらに不整合が拡がった感がある。

特に強調したいのは、「新成長戦略」に、環境・エネルギー分野で2020年までの目標として、新規市場50兆円超、新規雇用140万人としながら、2010年度予算では住宅用太陽光発電への補助金は09年度予算の約2倍の402億円、電気自動車などに対する購入補助金について同5倍の124億円、波力発電や地熱発電の実証研究などの先端技術の開発で同3割増の50億円などと、前年比大幅増しているものの規模が100億円単位に収まっている点である。

他に規制緩和の必要性など、予算の規模で全てが決る訳ではないが、米オバマ政権がグリーン・ニューディール政策として、雇用対策面が強く内容が雑多であるなど単純比較はできないものの10年間でクリーン・エネルギーへの投資1500億ドルで500万人の雇用創出を公約していることと比べても本気度に大きな疑問符が付く。

また、マニフェストで謳われた高速道路無料化などは、「新成長戦略」に少なくとも明確に触れられていないが、どう位置付くのだろうか。 高速道路無料化は、マニフェストでは段階的実施としているものの2年後に満額の1.3兆円分が無料化になると明記してある。

なお、高速道路無料化は、マニフェスト中で世論調査では環境問題とも絡み一番不人気の政策であるが、経済効果の複数の試算では一番費用対効果の高い政策であり、「新成長戦略」に明記されないのは違和感がある。

2010年度予算では、単年度ではあるが実験的支出として1000億円と1桁落ちとなっており、所管の前原国交相が元々無料化反対論者である点と併せても、高速道路無料化は主要政策としては放棄されたとしか見えない。

政府は、この点を早期に明らかにすべきだろう。

◆戦略性・束ね感の弱さ◆

ところで、そもそも戦略とは何であろうか。

筆者は次のように定義する。

戦略とは、勝つための、差別化され体系化された、実行への決然とした意志を伴なう、包括的シナリオ・概略作戦書である。 「新成長戦略」は、何かこれで勝てそうな気がしない。

それぞれのアイテムを並べることは勿論必要であるが、それを一言で束ねる言葉が必要である。 総責任者の鳩山総理の個性を抜きにしても、何かが足りない。 「人間のための経済社会」は、思想家、宗教家の言葉としてはよい。 思想も必要であり、筆者はそれを否定しない。 しかし、政治の言葉として、戦略を束ねる言葉としては不足している。

戦略には、優先順位と中心が必要であり、かつ実用的でなければ戦うためのツールに成り得ない。 筆者なら、成長戦略を束ねる言葉としては即物的かつシンプルにこうする。

「新エネルギー産業を中心として、名目GDPを2010年までに650兆円程度とし、失業率を中期的に3%台へ低下させる。」

◆医療や介護のGDP成長・雇用への主軸化◆


また、筆者に言わせれば、医療や介護をGDP成長の主軸に組み込んでいる点は危うい。

「新成長戦略」では、2020年までの目標として「医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出、新規市場約45兆円、新規雇用約280万人」と、環境・エネルギーの分野での新規市場50兆円超、新規雇用140万人と比べてGDPでほぼ同額、新規雇用では倍としてGDP成長・雇用の一方の主軸に組み込んでいる。

医療・介護の施設・人員不足、労働条件の向上については早急に対策すべきだが、「医者いらず介護いらず」こそ人間本来の姿であり、「健康関連サービス」と「需要に合った」という周到な官僚的キーワードは入っているものの成長産業として一方の主軸に位置付けるのは誤りであると思う。

理屈の上では、高コスト治療や病人、要介護者を多数生み出せば数値目標を達成することとなり、成長戦略の中心に位置付けることにより、そういう事態を招くこととなり兼ねない。

では、なぜ医療・介護が中心に位置付けられたのかを推し量ると、勿論これらの産業が成長を語る論者の間でポピュラーであることが背景にあるが、大袈裟に言えばそれは彼らが「内需中心の経済」という言葉に呪縛されているからである。

外需のデメリットとしては、今回のリーマン・ショックのように世界同時不況に極めて弱いという事が挙げられる。 しかし、究極的には外需の縮小により、エネルギー・食糧を輸入に頼る我が国がこれらの支払に窮することが一番の問題なのである。

エネルギー・食糧の自給率を高めることを進めれば、外需便りへの心配は全部とは言わないが半減しよう。

「新成長戦略」でもアジア市場をフロンティアにするとしているのだから、内需信仰を普通の信心程度へ変えて、戦略の優先順位を「外需・内需に拘わらない成長・雇用を第一とする。その上で内需のメリットを尊重する。」とし、数値を組み替えるべきだろう。

程度によるが、高コスト治療や病人、要介護者を多数生み出すことの方が、外需縮小の打撃より忍びがたいと筆者は考えるが如何だろうか。

◆その他の懸念と今後◆

前述したように、筆者は成長戦略の中心を「環境・エネルギー分野」ではなく、「新エネルギー分野」とする。 環境と太陽光等の新エネルギーは表裏一体であるが、両者には微妙なずれがある。

例えばCO2の地中閉じ込め技術は、環境対策には役立つが国のエネルギー安全保障には役立たない。 一方、メタンハイドレート(新エネルギーに位置付けるかどうかは別にして)は、国のエネルギー安全保障には役立つが環境対策には役立たない。 勿論、条件を単純化すれば両方を兼ねるものを追求するのが一番よい。

その上で、CO2等の温室化効果ガスによる地球温暖化説には異論が出されていることを考えれば、今後国際社会の中で梯子を外される恐れがあり、「環境側面」の価値下落のダメージは確率として織り込み、ポジションを「新エネルギー」寄りにシフトさせておく必要があろう。

その他、2020年までに食料自給率50%化を目指すのはいいとしても、一体100%化を何年に置いているのか? そもそも、100%化については、民主党は昔には主張していたが、先のマニフェストにも書いてないから目指さないつもりなのか? 等々、ツッコミどころは未だ未だあるが、長くなったので今後の修正と6月目途という具体化作業に期待してこの辺で終わりとしたい。

自民党から建設的批判と願わくば対案が出て欲しいが、そもそも今回の「新成長戦略」もネタは経済産業省というから、もう出てこないか、あるいはそっくりなものが出てくるかも知れない。

しかし、少なくとも微妙なテーストは違うはずで、二大政党制である以上、早めの対案発表を願いたい。